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真宗大谷派大垣別院開闡寺は真宗大谷派(東本願寺)を本山とする別院です。

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 テレホン法話 2017年  

  放送日 タイトル 法 話
574 2017年6月1日〜 いただきますの話 第12組 感生寺 山下晃司
 日本人が最もよく唱(とな)える言葉は「いただきます」ではないかと思います。この言葉は、口に出す人、心の中で唱える人と色々かと思いますが、いずれにせよ一日三食であれば、三回は唱えているはずです。
 私は言語聴覚士の仕事を普段しています。その中で実感することは、食前の言葉を唱えることで、認知症の人は、食事開始がスムーズになったり、食事摂取量が増えるように感じます。それは「いただきます」と言うことで、「今から食事を食べるぞ!」という気になるのだと思われます。
 さて、この「いただきます」という言葉に対して次のように言う人がいるそうです。「給食費を払っているんだから子どもにいただきますをさせる事はおかしい」と。この問題を考えると、「いただきます」の対象が何を指しているかが重要であると思います。一般的に唱えられている「いただきます」の対象は二種類であると思います。一つ目が作ってくれた人、二つ目が食べもの自体です。そして、一つ目の作ってくれた人に対して「いただきます」と唱えるのであれば、給食費という対価がある以上、強制的に「いただきます」と言わせるのは間違っていると私も思います。しかし、食事を作ってくれている人にだけ「いただきます」ということは、食べもののいのちを粗末に扱っているのではないでしょうか。逆に食べもののいのちに対してのみ唱えている場合も、作ってくれた人の手間や労力を軽視しているのかもしれません。浄土真宗では「いただきます」の前に少し長い文章がつきます。
 「み光のもと われ今幸いに この浄き食をうく いただきます」
浄き食の「浄」は、清水寺の「清」ではなく、浄土の「浄」の字を書いて「きよ」と読みます。ここから「いのち」を対象に「いただきます」と唱えているという事が分かります。「いのち」と言われると食べもの自体の方を指しているような気がしますが、作ってくれた人が30分で料理を作ってくれたとしたら、30分のいのちの営みをいただいているわけです。農家の人が半年かけて育てた野菜なら、半年分のいのちの営みをいただいているわけです。それを含め「いのち」です。
 それだけ多くのいのちをいただいて生かされているという気持ちを込めて「いただきます」と唱えることが大切だと私は感じています。


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