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真宗大谷派大垣別院開闡寺は真宗大谷派(東本願寺)を本山とする別院です。

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 テレホン法話 2022年  

 № 放送日 タイトル 法 話
705 2022年11月16日~ 教えの門に立つ 第16組 中島寺 水谷琢磨
 私は去年から自坊に帰ったこともあり、仏法に触れる機会をこれまで以上にいただくようになった。仏法に触れ、日常生活を送る中で思うことがある。それは、あらゆる物を自分の都合や自分の価値観で見ていく「私」という思いへの執着(しゅうじゃく)である。
 例えば日常では、自分が考える()()しが正しいと思い自分を正当化し、また併せて、周りの目も気にしながら生活をしている。さらに言えば、自分を正しいとすることで、違う考えの者を間違いとし、排除しようとしているとも言える。当然、集団生活において、周りと歩調を合わせるということは大事である。しかしそれでは、依り所となる芯がなくなる。その大事な芯が、仏法だと私は考えている。
 しかし一方で、その仏法を我執(がしゅう)によって聞き選ぶ側面が私にはある。これは、経典に触れたり、色んな先生方の法話を自己解釈して、仏法を自分目線のものさしで(はか)り、私の教えにしているのである。そして、色んな場面で自分があたかも「教えに生きる人」に見えるように、周りに取り(つくろ)う私もいる。
 このような我執や煩悩にまみれた、本当の私の姿を教えてくださる存在が、「阿弥陀仏」という(ほとけ)と仏法という教えである。つまり、(ぶつ)や法によって、私のものさしが壊されるということだ。
 しかし、我が思いで生きている私は、なかなか素直に阿弥陀仏と向き合う事はできない。だからこそ、私と仏が向き合う為の、架け橋になる存在が必要となる。それが、師友(しゆう)との出遇いなのだと思う。仏法を生きる師や友がいることにより、阿弥陀仏に出遇う。その仏によって自己を振り返る機会をいただき、教えを自分都合で利用していなかったかと問われるのであろう。
 「真宗門徒(しんしゅうもんと)一人(いちにん)もなし」という言葉を聞いたことがある。これは『宗門白書』における「大谷派に一万の寺院、百万の門信徒があるといいながら、真の仏法者を見つけ出すことに、困難を覚える宗門になってきている」という一文から生まれた言葉であり、本当に真宗の教えを生きている人がいないことへの慚愧(ざんき)である。私はこの言葉を、自分自身が浄土真宗という宗門に立っているのかと、自己の信を問われている言葉としていただいていきたい。


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真宗大谷派大垣別院開闡寺

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